林業の物語を漫画で伝える“林業漫画家”として『わがたつ杣に』を描いている音川真澄さん。以前は公務員として働いていましたが、現在は森のなかで木を伐り、罠を仕掛け、森の”ど真ん中”でお仕事をしています。「森への愛を真っ向から表現するために漫画家になった」という音川さんが、どんな道をたどって森に夢中になっていったのかをお聞きしました。
森のなかで境界を探す。“探検みたい”なインターンシップで森への想いが開花する
黒岩:音川さんと森との出会いはいつ頃ですか?
音川:もともと田舎育ちで、家の周りは猪や鹿が出てくるような自然豊かな環境でした。子どもの頃から山を探検したり、蛍を見に行ったりして森に親しんでいたんですけど、受験勉強を機にだんだん森から遠ざかって遊びに行くことも減っちゃいました。
黒岩:何がきっかけでまた森との距離が近づいたんですか?
音川:大学2年生のときに行ったインターンシップです。法学部だったので、法律に関係するインターンシップ先を探していて。森のなかで境界確定をしている団体を見つけて、興味を引かれて行ってみました。その仕事がすごくおもしろくて、私の人生に大きな影響を与えてくれたんですよ。
境界確定とは、そこが誰が所有する森なのかを調査し、境界を確認すること。持ち主がわからなければ、植林したり木を伐り出したり、森を管理することも難しくなるのでとても大切な作業となります。
黒岩:どうやって森のなかに境界を見つけるんですか?
音川:森のなかでは、大きな岩や境界を示す樹木が目印になっていることが多いです。市や県が発行してくれる地図をたよりに、現地を歩いて境界を見つけていくんですけど、地図も最後に調査してから50年経っていたり、現状と違うことも多くて。
黒岩:森の境界ってそんなざっくりしてるんですね。でも、なんだか探検みたいです。
音川:そうなんですよ。すごくワクワクして、子どもの頃に戻ったような気持ちでしたね。インターンでお世話になった職員さんは、日本の林業の課題や森の植物のことをいろいろと教えてくれて。それまでは杉と檜の違いもわからず、ぼんやりと「木」と捉えていたものが、森の見え方の解像度があがって鮮明になっていきました。檜の葉っぱは手触りもよくて、とっても可愛いんですよ。
黒岩:みなさんに「20歳の頃」をお聞きしているんですけど、もしかしてその頃ですか?
音川:まさに、ちょうど20歳の誕生日を迎えたときにインターンしていました。インターンをきっかけに、「森に関わる仕事がしたいな」という気持ちが開花して。そこからは授業をサボって農学部の授業を聴講したり、キャンバスの隅っこでどんぐりを拾ったりしていました(笑)。
「漫画は森への愛情表現」。公務員から“林業漫画家”への転身
黒岩:インターンで森への想いが復活して、卒業後はどんなお仕事に就いたんですか?
音川:林業職の公務員として、管轄する地域の森を管理する仕事をしていました。間伐の計画を立てたり、調査をしたり、ソフト面から森を整備する仕事をしていました。仕事は楽しかったんですけど、実際に森に関わる仕事に就いて、自分にできることって少ないんだなぁとも思っていて。「森をなんとかしたい」と漠然と考えていましたが、自分の力不足にもどかしさを感じていましたね。
森の手入れが進まないのも、根本をたどると林業で働く人の賃金の問題や、労災の発生率の高さとかに行き着いてしまう。いろんな問題が絡み合っているからこそ、音川さんは現状をすぐ変えることができない難しさを感じていたのだそう。
黒岩:ひと筋縄ではいかないんですね…。そして3年半ほど続けた公務員を辞めて、漫画家になったと。
音川:公務員の仕事も、4年目になると森に足を運ぶ機会も少なくなってしまって。もともと森と関わる仕事をしたかったので、森に近づきたかったのと、「漫画が描きたい」という想いがどんどん大きくなってきちゃいました。
黒岩:以前から漫画を描いていたんですか?
音川:社会人になってから趣味で絵を描くようになったんですけど、漫画は描いてなかったですね。描くネタを探していたときに、本業で森に対する愛を真っ向から表現できないフラストレーションがあって(笑)。林業漫画はまだ世のなかにほとんどないので、漫画だったら興味を持ってくれる人もいるかもしれないし、せっかくだから林業の「物語」を表現したいと思って漫画を描きはじめました。
黒岩:確かに、農業とか漁業を題材にした漫画は見かけますけど、「林業漫画家」って聞かないです。
音川:いまは私を含めて4〜5人くらいですかね。お仕事漫画のジャンルだと、漫画家とか小説家とか、描いている人のフィールドに近い漫画が多くて、林業が身近にない人が多いからあまり描かれていないのだと思います。
黒岩:でも漫画を描くために仕事を辞めるのって、けっこうな英断ですよね。
音川:わりと勢いで辞めたので、親には呆れられました(笑)。とはいえ漫画1本でやっているわけではなくて、公務員を辞めてから1ヶ月後には新しい仕事に就いているんです。
木を伐り、罠を仕掛ける。現場経験を活かして林業の“まるごと”を漫画で伝える
黒岩:いまの会社ではどんなお仕事をしているんですか?
音川:森にがっつり関わる仕事がしたくて、林業と狩猟をしている民間会社で働いています。最初の頃は狩猟がメインで、罠捕獲を担当していました。鹿が増えすぎると下層植生(森林の下層部の植生)が食べられて森林の環境が変わることにつながるので、それをなんとかしたいと思って始めました。最近では林業もはじめたんですけど、想像以上に大変でした!
黒岩:どんなところが大変ですか?
音川:これまでも取材で林業の現場にお邪魔させてもらうことはありましたが、まずチェーンソーが重くて持てないんです。いま使っているチェーンソーは約6kgあって、持って移動するだけでもバテてしまう。木を伐るときには水平に伐る必要があるんですが、いつまで経ってもうまくできなくて。でも、今後は『わがたつ杣に』で木を伐るシーンがたくさん出てくる予定なので、自分の経験が漫画にも活かせそうだなと思っています。
黒岩:『わがたつ杣に』を通して、読んだ人にどんなことを伝えたいですか?
音川:私の描く漫画のなかでは、林業を必要以上にキラキラさせたくなくて。森で働くことの楽しさだけではなくて、辛さや泥臭い部分も含めてまるごと伝えていきたいですね。映画『風の谷のナウシカ』で、ボロボロの手のおじいさんがナウシカに「働き者のきれいな手」と言われるシーンがあるんですけど、それが印象的でとても好きなんです。そういうふうに、仕事でマメがたくさんできた手を、「きれいだな」と思ってもらえるような漫画が描きたいです。
TEXT:黒岩 麻衣 PHOTO:木田 正人