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インタビュー 2025.10.29

TEXT:木田 正人  Photo 金久保誠

自然に触れて、感覚のスイッチの錆を落とす〜北極冒険家・荻田泰永さんに聞く⑤

荻田泰永さんのプロフィールを見る

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2000年以降、毎年のように極地を旅してきた荻田さん。2012年に、新たな旅である「100マイルアドベンチャー」を始めます。小学6年生を対象に国内を100マイル、キャンプしながら歩く旅です。

荻田:北極へ行ってると、感覚が研ぎ澄まされるんです。自分の場合は、耳が異常に鋭くなるんですよ。
山の中にいてもありますよね? なんかこう、勘が鋭くなるとかね。北極を1人で歩いてると、気配を感じるんですよ、白熊が来るとかね。テントの中にいて、こっちから来ると感じて、外に出たら、実際そっちから来てるんだけど、まだ何百メーターも向こうだったということがありました。

青木:おぉ。

荻田:物理的には絶対聞こえないんですが、なんか、ぞわっと…。うわ、来ると。側頭部に、こう、なんだろう、鳥肌がずばっと立つ感じ。耳に、何か聞こえた感じがするんですけど、もう、気配を感じる、そういうことが度々あるんですよね。

この感覚は実は誰しもあるものなんですが、普通の生活では使わないですよね、使う必要がないというか、使わない方がいいというかね。

北極へ行くと開いきて分かるようになるんです。そのスイッチがあるんですよ、自分の中に。パチンってスイッチが入る。最近は行くと、パチンと入るんですよ。

青木:五感が鋭くなる…


荻田:そう。で、帰ってくると、パチンとオフになるんです。

青木:おぉ。

荻田:ただ、これがね、使わないと錆びるんです。我々誰でもそのスイッチを持ってるんだけど、使わないと錆びちゃう。若い頃は錆びてました。

青木:錆びる?

荻田:北極へ行くと、雲の動きや雪の状態、風向き、肌に感じる湿度とか、白熊がいないかなとか、あ、氷がどうだなとか、必要な要素がそれだけなんで、全部、見るんですよ。

青木:はい。


荻田:遠征が終わって帰ってくると、スイッチが錆びてるからオフになかなかならないんですよね。開いたまま帰ってきちゃうんですよ。

そうすると、よくあったのが、情報の多さに気持ちが悪くなること。

青木:どんな感じなんですか?


荻田:例えば、成田空港で降りてね、スカイライナーに乗って日暮里に着いて、山手線に乗りました、なんていうと、目の前に座ってる人や1人1人のこと見ちゃうし、中吊り広告も一生懸命読んじゃうし、知らない間にね。で、窓の外の景色とか、広告とか一生懸命追いかけてるんですよ。

うわあ、気持ち悪いと思って。もう、情報の多さがほんと気持ち悪くて。吐き気までしてきて、2、3駅乗って、ちょっと休もうと思って、駅のホームでは、もうほんと、目つぶって、もう何も聞かないようにして、気持ち落ち着けて、10分、15分、あー、そろそろいいかなと思って、で、また電車乗るんですよ。で、2、3駅乗ると、あ、また気持ち悪いと思って、で、また駅のホームでこうやって休んでいて帰るっていう感じです。


青木:大変ですね。


荻田:でも、それが毎年行ってると、もう最近は全くなくて、行くとパチンとオン、終わった瞬間にパチンとオフ。で、日本帰ってきてもなんてことないんですよ。

青木:慣らすみたいな感じですかね。

荻田:そうですね。毎年、オンにしたりオフにしたりやってると、スイッチの錆がだんだん落ちて、オンにもなるし、オフにもなりやすいという状態になってるなっていう感覚があります。

青木:なるほど…

荻田:今、私がオンの状態になってたら、こうやって話しながら、あ、今 下のロータリーに車が何台入ったとか、女の人が2人歩いてたというのを、多分全部、感じちゃうんですよ。いらないんですよね、そんなもの、脳みそが追いつかなくなっちゃうし。人類はそういう感覚を鈍らせることで社会を形成して、寿命を伸ばしてるんじゃないかって思ってます。

青木:なるほど…


荻田:その感覚をずっと使ってたら、我々80年生きられないんですよね。もっと早死にするだろうし。

1人1人の感覚を使わない代わり、社会性でカバーしてる。1人の目で全部見るんじゃなくて、みんなで見て、リスク分担する。これが人間の生存戦略だと思うので、あえて社会にいる時は感覚を鈍らせてるんですよ。

でも、都市生活を営んでいても、そのスイッチをオンにする必要がある瞬間っていうのも、やっぱ度々あるわけですよ。

青木:災害など、いざという時ですよね。


荻田:そう。自然災害の時とか特に顕著ですよね。例えば3.11も、あの時、北極にいたんですけど、津波が来る、福島沖、宮城沖であれだけの地震があったら、それは津波来るじゃないですか。

漁師さんは地震があって、これは津波来るぞって、船を沖に逃がしてました。毎日自然と触れて、自然の中で生きてる人は、やはり錆びてないんですよね。

青木:まさにそう。

荻田:100マイルもそうですけども、なんで自然の中に出た方がいいのか、子供の頃から自然に親しんだ方がいいのかというのは、情緒的な話だけじゃなくて、生きる、死ぬに関わる、その錆を落とさなきゃいけない、人間というか、もう生物として本来持っているリスク回避のためのスイッチを錆びさせないため。自然に入って、ちょっとずつストレスを、自然の中に行くってことはストレスなんで、与えて錆びつかないようにしていく。

でも、みんなリスク回避をシステムでやろうとするわけですよ。社会システム。行政のシステムとかね。でも、止まるんですよ、システムはそういう時。

システムに依存してる人は、止まった瞬間何もできない。そんな時にどうするかっていうためには、やっぱり自然の中に身をさらす、ストレスに身をさらすっていう習慣が必要なんじゃないかなと感じてます。

青木:そうですね。天気予報というか、その季節の移ろいすら、もう天気予報に頼ってるじゃないですか。

荻田:そうですね。うん。だって、ここに窓があるのに、今日の天気はどうって…
いや、空見ろよって。晴れてるなとか、あ、西の空がちょっと曇ってるな、あ、雨降るのかなとかね、分かるだろうみたいなね。

青木:せめて、季節の移ろい。そういうのも結局、ニュースの中で知ったりですね。

荻田:そう、そう。窓の外見ろよ。スマホ見る前に空はそこにあるぞって(笑)


(インタビュー収録:2023年5月)


6回目へ続きます。次回、最終回です。

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TEXT:木田 正人  Photo 金久保誠

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