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インタビュー 2022.12.18

TEXT:神林 麻友  PHOTO:木田 正人

林業の人がつくる ”道” が好き。

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しゃしん絵本作家・写真家として活動している。 テキサス州フォートワース生まれ。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、高校卒業後に噺家を目指すも挫折。その後、保育士になるための専門学校を受けるも不合格で、一浪して法政大学人間環境学部に入学。写真のおもしろさに出会う。写真家の仕事である「暮らしの手帖」の取材で林業について知り、以前より興味を持っていた森に、より深く関わるように。森で働いているわけでもなければ、森そのものが好き!というわけでもないが、気づいたら森にいたひとり。

神林:森と携わるようになったきっかけは何ですか?

キッチン:取材がきっかけでしたが、元々、森、というよりは林業に興味がありました。

神林:なぜ林業に興味があったのでしょうか?

キッチン:日本の国土は7割が山で、その大部分は、人の手が入っている。それなのに「知らないことが多いな」と思ったんです。林業は木を伐る仕事だとは知っていました。だけどその前に、「道」をつくらなればいけないことを知ったのがきっかけです。

神林:木を伐るための道ですね。

キッチン:そうです。「こんなに木があるのに、奥にある木はどうやって運ぶんだろう?」と、山を登るたびに気になっていました。するとある日、テレビで、木を伐るためには道をつくらければいけないことを知りました。しかもその道は、山を知った上で丁寧につくらないと、山が崩れてしまう。まず最初に、木を伐るための道をつくらなければいけない、という事実に感動しました。

小さい頃から、夏休みにバスに乗って出かける時に見える森を見て、「あそこでは何が起こっているんだろう?」と想像し、山登りをしている時には「こんなに木があるけれど、これどうなってるんだろう?」とぼんやり疑問に思っていたというキッチンミノルさん。「暮らしの手帖」で林業の取材をしている中で、木を伐るまでの過程に興味を持ったと言う。

神林:今はどのくらいの頻度で森にいるんですか?

キッチン:昨年の12月から今年の1月、5月は、月の半分くらいは森にいました。ちょうど現場があったことも重なって、職人さんを撮影していました。森にいる頻度は、現場の有無で変わりますね。

神林:プライベートで森にいくことはありますか?

キッチン:今は他の仕事もあり行けていないですが、時間ができれば行きたいです。

「知らないことを知る」ことに興味がある

神林:元々は噺家になろうとしていたとのことですが、なぜ落語に興味を持ったんですか?

キッチン:「笑点」と小学校にあった落語の本が好きで、興味を持ちました。そこから、あまり学校に通っていなかった高校時代に寄席と映画館へ通い、噺家になりたいなと思うようになりました。

神林:どちらかと言うとインドアだったように感じますが、それがなぜ林業に興味を?

キッチン:好きというよりは、「おもしろい」という気持ちが勝っています。自分の知らない世界が存在していることがおもしろいと思いました。何もないところに道をつくる。そしてその道の目的が人が通るためではなく、木を伐るため、というところに面白さを感じましたね。

神林:なるほど。森の空気が好きとかそういうことではなく、とにかく「道」に惹かれたんですね。道に限らず、「ないところに何かを生み出す」ということに興味があるんですか?

キッチン:それよりは、「知らないことを知る」ということに興味があります。

「しゃしん絵本」を通して、森を知るきっかけづくりを。

何も知らなかったところから、今こうして森と携わることになったキッチンミノルさん。今後、森を通してしていきたいことを尋ねたところ、「きっかけづくり」をしたいと語ってくれた。

キッチン:林業がおもしろいということに、多くの人が気づいていない。だから、もっと「林業」というものについて、知ってもらいたいなと思っています。また、自分もまだまだ知らないことばかりなので、撮影しながら知ったことを共有したいと思っています。

神林:しゃしん絵本の制作も、そういった想いと繋がっているんでしょうか?

キッチン:もちろんです。林業に興味を持つ”きっかけ”になればいいなと思っています。家や建物に使われている木をみて、森と繋がる(連想する)人が少ないことが、問題だと思っています。だから、しゃしん絵本を通して共有したいですね。

日本の林業の現状について

日常からさまざまなことに疑問を持つキッチンミノルさんだが、日本の林業の現状についても疑問を持っていると言う。

キッチン:日本の木は、なぜ外国の木より高いのか。こんなに木があって産直なのに、カナダや他のアジアの国の木の方が安いんです。アジアで人件費が安いならわかりますが、カナダは、日本の三倍くらいの人件費なのに、なぜ安いのか?疑問に思いませんか?

神林:たしかに、考えてみればおかしいですね。それは、輸送費も含めて安いんですか?

キッチン:そうです。なぜ安いかというと、道を作らないから。平地に生えているからです。そのへんに生えていて、新しく道をつくる必要がなく、木を伐るのが簡単だからなんです。

〜ここで豆知識〜
木材価格を決める要因はさまざまです。日本の木材価格が高いことの要因の一つに、日本は海外の林業先進国(ヨーロッパ、北米)に比べ、木材を山から運び出す”搬出コスト”が高いことが挙げられます。例えば、道(作業道という)の少ない日本では、山から木を運び出すために新しく道をつくる必要があり、そのコストが木の価格に波及。また、コストがかかるのでそもそも道をつくらないことも多く、よって山から出てくる木の量が少なく、価格に影響します。

神林:知らなかったです。

キッチン:私も知りませんでした。そして私と同じように、多くの人が知らないのが現状です。木は山に生えているものだと思っていたけれど、日本は林業において外国よりも不利になっている。そういうことを考えると、意識が変わってくる。こういうことを知ると、おもしろくないですか? また、こういった背景を知れば「ただ安い」というだけで外国の木を選ぶ意識が変わってくると思うんです。

森の魅力は「道」であり、道は「森を維持する証」である

神林:道に魅力を感じていることは伝わりました。キッチンミノルさんにとって、他には森の魅力やおもしろさはありますか?

キッチン:…やっぱり「道」ですね。笑

神林:なるほど。それほどまでに道に行き着くのが、逆におもしろいですね。

キッチン:山には尾根や谷がありますが、プロの方々は山の中を歩いていると「ここは谷だから掘ると水が出てくる」とかが分かるんです。

神林:職人技ですね。

キッチン:そうです。動物の足跡があると、今は見えないけど、その存在が感じられる。山全体が生きてるように感じる。そういった、目には見えない情景が浮かぶようになるんです。林業の人が歩いている山と、登山家が歩いている山は全く違う。道をつくる作業は、森を長く維持するために必要な作業です。

道をつくることによって、木を伐ることができるようになる。しかし何も考えずに道を作ると山は崩れてしまうので、森をよく知っている人が長く維持できるよう計算して作っている。そんな緻密さの元に生み出された山に魅力を感じずにはいられない。

キッチンミノルさんが大切にしていること

神林:Youtube『鍋の中』拝見しました。あれはなぜ鍋の中なのでしょう。(ただただ鍋の中を20分ほど写しているYouTubeチャンネル)

キッチン:料理は鍋の中にある時が一番美味しそうだからです。

神林:なるほど。着眼点が独特な気がします。

キッチン:自分がいいなと思うもの、心に残るものは大事にしているんです。

神林:今までのしゃしん絵本『マグロリレー』や『たいせつなぎゅうにゅう』も、そういった”いいな”と思うものに注目した作品ですよね。

キッチン:まさにそうです。例えば牛乳は牧場の人が作ると思われがちだけれど、他にも色々な人が関わって成り立っています。酪農家は野球でいえばプレイヤー。だけど、酪農家になっても他の人がいなければ意味がないんです。そういうことを、忘れがちだと思うんです。

神林:表立って人から注目されない人にフォーカスするのが好きなんですね。

キッチン:そうです。目立っている人の下にはたくさんの人がいて支ている。仕事もそうです。野球選手にはなれなくても、野球に関わる仕事はいっぱいありますよね。これからも縁の下の力持ちのような人たちに注目していきたいです。

全員に聞く!20歳の頃はなにをしてた?

キッチン:大学に入って写真を始めた頃ですね。今の活動の原点です。道具はなんでも良いけれど、「喜怒哀楽」を表現したいと思っていました。元々、落語が好きになった理由や噺家を目指そうと思った理由も、喜怒哀楽を1人で表現できるから。その後写真の世界に入ったのも、同じ理由です。

神林:写真で喜怒哀楽を表現するということについて伺いたいです。

キッチン:何か心が動いたら、シャッターを切ればいいんです。その時点で、写真はその人なりの喜怒哀楽を表現できていると思います。

日々さまざまなことに疑問を持ち、知らないことへの好奇心や「おもしろい!」と思ったことへの探究心を強く持ち続ける。そんな生き方が、キッチンミノルさんならではの作品を生み出している。これを読んだ誰かが、キッチンミノルさんの語る「森につくられた道」について考え、森に興味を持ってくれたら、まさにキッチンミノルさんの望んでいる興味のきっかけづくりに繋がるのではないだろうか。

TEXT:神林 麻友  PHOTO:木田 正人

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