最初に出版業界に入るまでの経緯は?
神林:元々は編集者だったとのことですが、どのような経緯で出版業界に行ったのですか?
木田:流れですかね。実は学生時代、就活についてあまり真剣に考えていなかったんです。だけど、好きなこと、ものは色々ありました。ふらっと行く目的のない旅、山に囲まれた田舎の景色、インドネシア、競馬…。文章を書くことも好きでした。
神林:インドネシア?珍しいですね。
木田:大学でインドネシアゼミに所属していて、先輩がマネージャーをしていたインドネシア料理のお店でバイトもしていました。だから、インドネシア関連の旅行会社も就職先の候補でした。それから、レイアウトや用語が独特な競馬新聞を読むのも好きだったことや、父が新聞社に勤めていたこともあり、新聞社も考えていたんです。だけど、いざ話を聞いてみたり訪れてみるとピンと来ず、結局どちらにも行かずにふらふらしていました。そんな時に、文章を書くのが好きだったことを思い出して。先ほど触れたバイト先の先輩に話したところ、紹介してもらい、ツテで編集プロダクションに入ることになりました。
神林:色々と他にも候補はあったんですね。そこから数年して、書店勤務へ移ったきっかけはあったんですか?
木田:入った編集プロダクションが潰れそうになったからです。近所の本屋さんが募集をしていて、興味があったので今度は書店に勤めました。
出版業界から、林業の世界へ。現在の活動の起点とは。
神林:編集プロダクションから書店はなんとなくわかるのですが、そこから、また全然違う業界である林業の世界に入るきっかけが気になります。
木田:本は好きだけど、雇われの身だと好きな本だけを扱うわけにもいかない。楽しみきれないと感じていた中で「長く1つのものを追いかけたい」と感じていました。そんな時に、ふと雑誌の山の仕事の特集で、30代で林業に転職した人を紹介する記事を見ました。そこで初めて「林業」の存在を知ったんです。
林業へ足を踏み入れる第一歩は、前職の出版と関係する「雑誌」だった。誌面で知った「林業の実態」は、従来思っていたものとはギャップがあったという。
出版業界から、林業の世界へ。現在の活動の起点とは。
木田:読み進めていくと、良い意味で、イメージと違いました。雑誌フューチャーされていた30代の人を見てまず「若い人もやるんだ!」と驚いたのと同時に、「林業って、転職して入る世界なの?」と。そこからさらに、使うギア(道具)にもギャップを感じました。斧やのこぎりなども使うんですが、チェーンソーや小型の※ウインチなど、機械がたくさん使われていたんです。当然、機械の整備もあって…。実はそれ、苦手なんです。
※ワイヤーやロープを使う「巻き上げ機」のこと。林業では主に、木を寄せ集めたり、引っ張り上げるために使用する
神林:確かに、私もイメージは斧やのこぎりでした。でも、イメージとのギャップだけでは、これまで未知だった林業の世界に入る動機にはなかなかならなそうと思ったのですが…
木田:もちろん、それだけではありません。さらに詳しく見てみると、林業を行う人の人口が減っている事実を知りました。しかも、それによって、綺麗に手入れされた山が減っている。昔から、山に囲まれた田舎の景色が好きだったのに、このままでは「好きなものがなくなるかもしれない」と思い、寂しくなったと同時に「役立ちたい、守りたい」と思いましたね。
「自分のスキ」を守りたい。その気持ちから、林業への転職を決意。それ以外にも、出版業界ではできなかった、外で食べるご飯や昼寝、夕方で仕事を終えるという「働き方」の観点からも、魅力を感じたと語る。
木田が職場にしようと決めたのは「あきる野市・五日市」。街の暖かい空気と、奥さんも仕事場に通いやすいような交通の便やお店の数など、その土地を気に入った要素は様々だった。こうして、森林組合の五日市支所で2年間の勤務を経ている。
神林:林業の世界に、実際に入ってみて初めてわかったことなどはありますか?
木田:もちろんあります。基本的に、間伐の仕事がメインでした。つまり木を切ること。これが面白い。先ほどもお話したように、実際に林業の世界に入ってみると、イメージと違って機械を使って進めます。また、木を切るだけでなく、木を使った別の商売の方々とも関わっていることも知りました。例えば家具のデザイナーさんとか。
神林:入ってみるとイメージと異なる部分や知らない部分が見えてきますよね。
木田:はい。仕事は楽しいのですが、その一方で、何かしっくりこないような、足りないようなことも出てきて。
神林:そうした気持ちが東京チェンソーズの創業にも繋がっているのでしょうか。詳しくお聞きしたいです。
木田:間伐の仕事は、楽しい一方で経済面が足りませんでした。私は家族もいるので、それを考えるともう少しほしい。楽しい仕事なのにもったいないなあと思っていました。森林組合の上層部と話し合いを持ちましたが、当時は働く人が当時100人弱いて、中には報酬に関わらずのんびり働きたい、という方もいました。そんな中で、自分たちだけ待遇を変えるというのは難しいことでした。
神林:一部だけ待遇を変えるというのは、なかなか難しいですよね。経済面以外ではいかがでしたか?
木田:山の所有者との関わりが少ないことが残念でした。山の所有者によっては、もう少しこうしたい、この木は残したい、など、それぞれ求めていることが違うと思うんです。それを実際に作業する我々はあまり聞けない。そこに物足りなさを感じていましたね。
東京チェンソーズ
こうして、森林組合から独立する形で、木田を含む4人が2006年に創業したのが「東京チェンソーズ」。森林整備や木材販売、森林空間の活用をはじめとするサービスを提供している。
神林:実際に独立して、変わったことは何ですか?
木田:より村の人と近づけるようになりました。直接仕事をもらえるようになったり、話を聞きながら仕事ができるようになったのは大きな変化ですね。
神林:現在は、森林整備や素材販売に加え、※MOKKI NO MORIで会員制のキャンプ地を提供していますが、今後やりたいことなどはありますか?
木田:木や林業、森が人びとの暮らしの中に当たり前に入ってくる社会をつくりたいです。”林業がやりたい人”を増やしたい。サッカー選手やYoutuberなど人気の職業に互角に並べるようになったら、理想ですね。そのためには、まず林業そのものについて、そしてその魅力も知ってもらいたいです。だからこそ、「呼吸の時間ですよ」を始めることにしました。
※MOKKI NO MORI
東京チェンソーズが所有・管理する森の一部をフィールドとし、空間としての森を提供する会員制サービス。MOKKIとはフィンランドの言葉で「休む場所」という意味の小さい小屋のこと。MOKKI NO MORIの会員は、キャンプをはじめ、自由にフィールドを使うことができる。森を木材生産の場として見るだけではなく、遊びや癒しの場としても捉えたサービス。
「森の魅力」とは?
神林:最後に、木田さんにとっての森の魅力とは、何ですか?
木田:風の音を聴く瞬間です。風が吹いて、葉がザワザワしているその音が、何よりも落ち着く。日々の喧騒を忘れさせてくれる力があります。風の音、木漏れ日、森林浴、自然の中で食べるごはん、お昼寝…。その魅力は、人によって違う。だけど、絶対に何かあるはずです。
神林:確かに人によって好きな部分は違いますね。私は、木漏れ日がすごく好きです。
木田:そうなんです。だから、もっといろんな人が、ふらっと森にきてほしいです。日々を過ごしていると、色々なこと考えます。だけど、森は、普段生活している場所とは雰囲気も流れる空気も全く違います。意外とすぐに訪れることができる「非日常」の空間なのです。だからこそ、皆さんに「すごく良い場所へきたなあ」と、幸せを感じにきて、のんびりしてほしい。そういう想いが強いです。
木々が立ち並ぶ「森」という空間。一度森の中へ入ってみると、そこには、街にはない静けさと同時に、木の葉や枝が織り成す独特の音、空気感、風…「森だけがつくる異世界」が存在する。それぞれの幸せを味わいに、たくさんの人が気軽に森へ来るように。そんな世界を目指して、木田さんや、東京チェンソーズは、今日も活動を続ける。
〈つづきます〉
TEXT:神林 麻友 PHOTO:神林 麻友